ゴート族の勢力確立とは

チェルニャコフ文化は、4世紀のカルパティア山脈東部から黒海北方において見られる文化である。墓地からヴィェルバルク文化で発見されたものとほとんど同じ装飾品が出土しており、火葬と土葬が併存していることや副葬品に武器が見当たらないことなども共通する。チェルニャコフ文化はヴィェルバルク文化から若干変化して成立したと考えられ、これはその文化の担い手がローマやギリシアの文化に影響を受けたため、とするのが説明しやすい。ただし、ヴィェルバルク文化の担い手全てが一群となって黒海まで移動したわけではなく、あくまで黒海沿岸部まで移動してきたグループのみが、そのように文化を変質させたらしい。チェルニャコフ文化は農耕に専念していたようだが、黒海北方はかつてギリシア人の穀倉地帯であったことからもわかるように、肥沃な土地であった。良質な陶器が作成されており、ローマ帝国と大規模な商取引も行っていた。遺跡からは、ローマの貨幣が大量に見つかることもあるうえ、ローマから輸入された品も見つかっている。チェルニャコフ文化もゴート族固有のものではないと考えられるが、少なくともゴート族はその中でも際だった存在。
update:2009年08月26日